2019年05月01日
平将門公史蹟巡りその5 2019.05.01
将門さんツアーは、“ その5 ” の前にキャンプをしようとプランしていたのに、春先から私の首のヘルニアが重症化(3 箇所・・)したので、先に“ その5 ” でした。
あ、今さらながら今年最初のキャンプは GW 中に行きます。
・・・さて、令和元年初日は、どの神社も混雑していました。
こちらのかたのお話が参考になりますが、神社は宗教に関係なく日本人の文化、心だと私も思います。
今回の将門さんツアーでは、新宿区にある鎧神社から始めるつもりでしたが、行きの電車内で爆睡した娘が、目が覚めてから移動時間が長いとブーブー言ったので蔵前で下車して、事前にプランしていたラストを最初に持っていきました。

なので令和最初に参拝した神社は鳥越神社でした。


徳川家康公もご祭神として祀られている鳥越神社を参拝。
鳥越という地名は、将門さんの首が飛び越えたという伝承に由来しているとも云われています。

300 円を納めて御朱印を拝受しました。
その後は徒歩で秋葉原方面へ。。

途中で日本通運社に関係のある金剛稲荷を参拝しました。
次に神田明神に行きました。



境内から溢れ出た人の波に、本堂を参拝する気にならずで(汗)、御朱印だけ拝受しましたが、、

御朱印は既にプリントと押印をされた紙のみ配られて(300 円)、紙を貼る場所は設置されてなく、それだけ参拝者が多いのかと納得して、有り難く御朱印を拝受して神社を後にしました。
神田明神で頂いた(購入した)ものは、、



元号の描かれたクッキーと神田祭のガイドブックでした。
ガイドブックは 500 円でも読み応えがありました。


激坂を下って淡路町から飯田橋に徒歩で向かいました。

途中、私の母校で発見した謎のオブジェを横目に、、

九段下の築土神社に到着~。

御朱印は、手書きではなく紙に印刷された上から押印がされたもので、有り難く拝受しました。
築土神社を後にしたら徒歩で大手町の将門塚へ。

いつもと変わらず参拝者が絶えない将門塚でした。

将門塚は、将門さんの親戚の相馬氏が将門さんの首を持ってこちらに埋葬したという説を私も支持します。
戦災で消失した築土神社の “ 首桶 ” も、それが社宝として存在したことからも、そうではないかと思うんです。
将門塚を後にして、次は兜神社に向かいました。


途中、江戸時代まで罪人や処刑された死体を晒した場所、日本橋の滝の広場を通り過ぎて、、

証券会社が立ち並ぶ兜神社で参拝。

兜神社の御朱印は近所の日本橋日枝(ひえ)神社で頂きました。

日枝神社で、兜神社と合わせて計 1,000 円(って、ぶっちゃけ割高な?)で御朱印を頂きました。

1,000 円の御朱印には、しおりと参拝記念のストラップも頂きました m(_ _)m
そう考えると割高ではなく、むしろ貴重でした。
いちいちケチなことを書いてしまっていますが(汗)、全てとても感謝の気持ちで拝受しています。
ケチなのは自分の小遣いが毎月決まっていて、そこから出しているためで(言い訳・・)。
日枝神社を後にして、徒歩で日本橋小網町に向かい、ウルトラパワースポットの小網神社に行ったのですが・・・


参拝の列と御朱印の待機列があり、後者は神社向かい側の日刊工業新聞社の社屋を一周した長さで、参拝の気持ちが萎えました。。

普段から人気のある神社だからしかたないか・・、と境内の外から手を合わせて一礼して、小網神社を後にしました。


小網神社には、あらためて伺いたいと思います。

今回の将門さんツアー(小網神社は、所縁はありませんが)の最後は人形町に鎮座する岩代稲荷(出世稲荷)を参拝しました。

社務所はなく、御朱印もなく、でも地域の人達から清潔に守られている江戸時代から続く神社を訪れて気分よく、今日のラストの参拝が出来ました。

ということで娘と回った半日。本来の趣旨は御朱印が目当てではなく、参拝が目当てだった将門さんツアーのその5。
蔵前の鳥越神社に始まり、金剛稲荷→秋葉原の神田明神→九段下の築土神社→大手町の将門塚→日本橋兜町の兜神社と日本橋日枝神社→日本橋小網町の小網神社→日本橋堀留町の岩代稲荷(出世稲荷)が今回のコースでした。私に同行した小学生の娘も最後まで弱音を吐かずに歩きました。
娘にとっては、“ グローバルで認知されたオタクの聖地 ” 秋葉原に、古本屋が並ぶ神保町の景色に、兜町~茅場町に続く証券会社のビル群がそれぞれ不思議に感じた街並みだったそうです。
・・そんな私は、途中でかなりビールを飲みたくなりましたけどねw。
令和元年初日に大忙しだった日本全国各神社の宮司さん、今日は大変お疲れさまでした。有り難うございました。
令和が、昭和から平成と続く平和な世の中でありますように。
※次回のレポは、今度こそ本当にキャンプレポの予定です(汗)。
あ、今さらながら今年最初のキャンプは GW 中に行きます。
・・・さて、令和元年初日は、どの神社も混雑していました。
こちらのかたのお話が参考になりますが、神社は宗教に関係なく日本人の文化、心だと私も思います。
今回の将門さんツアーでは、新宿区にある鎧神社から始めるつもりでしたが、行きの電車内で爆睡した娘が、目が覚めてから移動時間が長いとブーブー言ったので蔵前で下車して、事前にプランしていたラストを最初に持っていきました。

なので令和最初に参拝した神社は鳥越神社でした。


徳川家康公もご祭神として祀られている鳥越神社を参拝。
鳥越という地名は、将門さんの首が飛び越えたという伝承に由来しているとも云われています。

300 円を納めて御朱印を拝受しました。
その後は徒歩で秋葉原方面へ。。

途中で日本通運社に関係のある金剛稲荷を参拝しました。
次に神田明神に行きました。



境内から溢れ出た人の波に、本堂を参拝する気にならずで(汗)、御朱印だけ拝受しましたが、、

御朱印は既にプリントと押印をされた紙のみ配られて(300 円)、紙を貼る場所は設置されてなく、それだけ参拝者が多いのかと納得して、有り難く御朱印を拝受して神社を後にしました。
神田明神で頂いた(購入した)ものは、、



元号の描かれたクッキーと神田祭のガイドブックでした。
ガイドブックは 500 円でも読み応えがありました。


激坂を下って淡路町から飯田橋に徒歩で向かいました。

途中、私の母校で発見した謎のオブジェを横目に、、

九段下の築土神社に到着~。

御朱印は、手書きではなく紙に印刷された上から押印がされたもので、有り難く拝受しました。
築土神社を後にしたら徒歩で大手町の将門塚へ。

いつもと変わらず参拝者が絶えない将門塚でした。

将門塚は、将門さんの親戚の相馬氏が将門さんの首を持ってこちらに埋葬したという説を私も支持します。
戦災で消失した築土神社の “ 首桶 ” も、それが社宝として存在したことからも、そうではないかと思うんです。
将門塚を後にして、次は兜神社に向かいました。


途中、江戸時代まで罪人や処刑された死体を晒した場所、日本橋の滝の広場を通り過ぎて、、

証券会社が立ち並ぶ兜神社で参拝。

兜神社の御朱印は近所の日本橋日枝(ひえ)神社で頂きました。

日枝神社で、兜神社と合わせて計 1,000 円(って、ぶっちゃけ割高な?)で御朱印を頂きました。

1,000 円の御朱印には、しおりと参拝記念のストラップも頂きました m(_ _)m
そう考えると割高ではなく、むしろ貴重でした。
いちいちケチなことを書いてしまっていますが(汗)、全てとても感謝の気持ちで拝受しています。
ケチなのは自分の小遣いが毎月決まっていて、そこから出しているためで(言い訳・・)。
日枝神社を後にして、徒歩で日本橋小網町に向かい、ウルトラパワースポットの小網神社に行ったのですが・・・


参拝の列と御朱印の待機列があり、後者は神社向かい側の日刊工業新聞社の社屋を一周した長さで、参拝の気持ちが萎えました。。

普段から人気のある神社だからしかたないか・・、と境内の外から手を合わせて一礼して、小網神社を後にしました。


小網神社には、あらためて伺いたいと思います。

今回の将門さんツアー(小網神社は、所縁はありませんが)の最後は人形町に鎮座する岩代稲荷(出世稲荷)を参拝しました。

社務所はなく、御朱印もなく、でも地域の人達から清潔に守られている江戸時代から続く神社を訪れて気分よく、今日のラストの参拝が出来ました。

ということで娘と回った半日。本来の趣旨は御朱印が目当てではなく、参拝が目当てだった将門さんツアーのその5。
蔵前の鳥越神社に始まり、金剛稲荷→秋葉原の神田明神→九段下の築土神社→大手町の将門塚→日本橋兜町の兜神社と日本橋日枝神社→日本橋小網町の小網神社→日本橋堀留町の岩代稲荷(出世稲荷)が今回のコースでした。私に同行した小学生の娘も最後まで弱音を吐かずに歩きました。
娘にとっては、“ グローバルで認知されたオタクの聖地 ” 秋葉原に、古本屋が並ぶ神保町の景色に、兜町~茅場町に続く証券会社のビル群がそれぞれ不思議に感じた街並みだったそうです。
・・そんな私は、途中でかなりビールを飲みたくなりましたけどねw。
令和元年初日に大忙しだった日本全国各神社の宮司さん、今日は大変お疲れさまでした。有り難うございました。
令和が、昭和から平成と続く平和な世の中でありますように。
※次回のレポは、今度こそ本当にキャンプレポの予定です(汗)。
Posted by SDI at 21:57
│【寺社巡り】